2009年05月09日
多くのことを伝えたい(1620)

この度、ブログを引っ越しすることにしました。
理由はいくつかありますが、一番大きな理由は、サイトに埋め込めるブログにしたかったということです。
おかげさまで、私のブログをたくさんの方が読んでくださるようになり、それが励みになって毎日続けてブログの更新をするようになりました。
でも、伝えたいことはもっとたくさんあります。
ブログのアクセスに比べると、サイトのアクセスはそれほど多くはありません。
もちろん、ブログは私のもっとも伝えたいことを素直に示すことができる場所であることは間違いありませんが、もっと多くのことを伝える方法は他にないものかと模索していました。
そんな時に、サイトに埋め込めるブログと、その方法を知ることができたので、思い切って引っ越すことに決めました。
他にもっといい方法があるのかもしれませんが、私の知識では他に方法が見つかりませんでした。
それと、新しくこのブログに越してきて2年が経ちました。
ブログの更新はまめにやっていますが、気持ちを新たに頑張るという決意を示す、という意味でもこの引っ越しは意味があると思っています。
ついでに、サイトの方も、大会エントリーがフォームからできるようにしたり、サイトの構成も少し変えてみました。
こうした作業は面倒ですが、面倒だからこそ、気持ちは前向きになります。
「困難は人を磨く」ということですね。
まあ、それほど苦しい、という作業ではありませんが、短時間に集中して作業したので、ちょっとだけ寝不足です。
でも、新しくなったブログやサイトに、どんな人が訪れていくのかを想像したり、もっと多くのことを伝えていきたい、という思いが大きくなって、期待を持って作業を進めました。
私の仕事はコーチです。
人に何かを伝えることが仕事です。
新しくなったサイトやブログで、多くの人に何かを感じてもらうことができるように、自分の思いを素直に伝えていこうと思います。
興味のある方は、是非、私のサイトを訪ねてきてください。
新しいブログは、公式サイトhttp://tsl.world.coocan.jp/になります。
よろしくお願いします。
2009年05月07日
ヒーロー(1618)

ゴールデンウィーク中はまったく家に帰れなかったので、今日の午後は休みをもらって(作って?)、娘たちと映画を見に行きました。
本当は、晴れたらサイクリングに行く予定でしたが、それは次回にお預けですね(いつになることやら)。
娘たちも、小学4年生と高校2年生なので、見に行く映画は、青春ものとか、ディズニーのアニメとか、SFものなんかを予想していましたが、リクエストは「仮面ライダー」でした。
タイトルは「仮面ライダー超・電王・・・なんちゃら」です(長すぎてよく覚えていません)。
「マジ?」と思いましたが、「それがいい!」と言い張るので、やむを得ず見に行くことにしました。
でも、「仮面ライダー」ですよ。
正直、乗り気にはなれませんでしたが、実は、これが、結構面白かったりします。
ジョークの演出もあったり、CG画面が凝っていたり、ストーリーの展開が早くテンポが良かったりと、楽しませてくれるように作られています。
だから、それなりに楽しむことができます。
しかし!「仮面ライダー」を子どもの頃に愛し、祭りの仮面売りの屋台の前で、「ウルトラマン」にするか「仮面ライダー」にするのかを長い時間迷っていたりした私にとっては、新しい「仮面ライダー」はどうも馴染めないのです。
新しい「仮面ライダー」は、人間と契約して融合し、凄い武器を手に戦いますが、格闘という点では、「もうちょっとがんばれ!」という感じです。
昔の「仮面ライダー」は、不器用にいつも一人でバイクに乗って戦いを挑み、しょぼい武器で苦しみながら相手を地道に倒していきます。
私にとっては、これが「ヒーロー」の戦い方です。
「ウルトラマン」が、3分間しか戦えないのに、「何で始めからスペシウム光線で戦わないの?」という疑問を浴びせられながら、やっとの思いで勝って空に飛んでいく、これがいいんですね。
「仮面ライダー」が、戦いが終わって、スペック的には凄いはずなのに、普通に見える(?)バイクに乗って颯爽と立ち去る姿を純粋に「かっこいい!」と思うのです。
やはり、「戦いは孤独」という概念が強く、それを、本当に真摯にやり抜いているからこそ、「ヒーローなんだなあ」、と感心するのです。
テニスの戦いも一緒ですね。
戦いは実に孤独です。
応援はいますが、味方はいません。
「ヒーロー」は常にそういう戦いを強いられるものなのです。
だからこそ、戦いに勝利した時に、大きな感動を呼ぶんですね。
何年か振りに、「仮面ライダー」を見て、そんなことを考えていました。
そして、風呂敷を首に巻きつけ、「ヒーロー」ごっこをしていた頃を懐かしく思い出していました。
もちろん、現代にも「ヒーロー」はたくさんいます。
多くの子どもたちが、孤独な戦いに勝ち、「ヒーロー」になることを、ともに夢みたいと思います。
「トオー」(初代「仮面ライダー」の雄叫びのつもりです)・・・・・ってか!
2009年05月05日
最後は体力(1616)

もうひとつ感じたことは、「最後は体力」ということです。
私たちの時代と違って、今のジュニアの試合は1セットマッチがほとんで、体力よりも技術が重要視されるような感じがします。
一日に何時間も続けて試合をしないので、体力のある選手が最後に踏ん張って逆転で勝ち上がる、というようなことも少ないように思います。
でも、「体力」のある選手の方が、大きく飛躍するチャンスがあります。
この大会で、私の指導する選手が、予想を超えて勝ち上がりました。
予想は超えていましたが、トレーニングの時の洗練されつつある動きを見て、「これは!」という予感はありました。
素晴らしい才能を持っているわけではありませんが、しっかりとトレーニングをして、ちゃんと身体作りをしてきた成果が出たと言えます。
トレーニングは、やればすぐに効果が出る、ということではありませんが、続けていけば必ず成果が出ます。
相撲の世界には、「3年後の稽古」という言葉があるそうです。
花開くためには、地道にトレーニングと訓練を続けることが大切であることを教えています。
そうやって体力をつけていった者は、どの世界でも強くなっていきますね。
また、実は体力のある者は、精神的にも強くなります。
人間の心と体は別々のものではありません。
心身一体となって、その人間の能力を形作っています。
心を鍛えることは難しいことです。
でも、一心にトレーニングに打ち込んで、体を作り、体力を引き上げてきた者は、間違いなく「心も強くなる」、そのことは間違いありません。
トレーニングは確かに苦しい、でも、それを強い意志でやり続ければ必ず強くなる、それを信じて頑張ってほしいと思います。
2009年05月04日
困難が人を磨く(1615)

昨日から東海中学生大会が始まりました。
昨日はダブルス、今日はシングルスが行われ、私のクラブから出場した10名の選手のうち、6名が全国大会の切符を手に入れました。
日ごろの練習の成果が発揮されて、本当にうれしく思います。
全国大会に出場するだけではなく、そこで勝つ力を身につけるために、さらに高い意識を持って努力してほしいと思います。
もちろん、まだまだ足りないところはあります。
この大会を見てきて感じることは2つありました。
ひとつは、「困難が人を磨く」ということです。
女子のベスト8に入った選手の内、3名の選手は、現在寮で生活しているか、寮での生活を経験した者です。
一人は私の持っている寮で生活をしています。
他の二人も、もともと私のクラブの生徒であったり、一緒に遠征に行ったことがある選手なので、その成長ぶりに驚かされます。
その強さに感心していて、ふと感じたことが「これ」でした。
寮での生活は不自由です。
制限も多く、プライバシーはあまり確保されてはいません。
それでも、なお、テニスが強くなりたいと思って、それに耐える力が必要です。
そうやって「強さ」を身につけていきます。
困難があればあるほど、それを乗り越えて強くなる、それが真理です。
避けて通ることは簡単ですが、あえて正面から立ち向かう勇気は人を大きく成長させます。
「困難は人を磨く」、このことを忘れずに、さらに大きく成長してほしいですね。
もうひとつは・・・・
朝から8時間以上、昼ごはんも食べずに試合を見続けて、ふらふらです。
この大会は同じクラブ同士の対戦も多かったので、複雑な思いがあって、ちょっと胸も痛みます。
だから・・・明日、続きを書きたいと思います。
おやすみなさい。
2009年05月02日
実戦ドリル(1613)

ドリル練習では、次のボールが予測できるので、打球した後に、すぐにそのボールを追うために走り出してしまいます。
しかし、実戦では、そういう動きをする選手であれば、逆を突かれて追い込まれます。
強い選手は、その判断力が高いものです。
そうした状況に対応するためには、そうしたことを想定して練習しなければなりません。
しかし、練習の中でその意識を持つことは難しことです。
そう感じていたので、最近のドリル練習では、子どもたちが緩慢に次のボールに対して動いた時に逆を突いてボールを出します。
そのことは約束してあります。
そうすると、打った後にちゃんと前を見て、相手の動きを見て、出されたボールに反応して動くことができてきます。
実に実戦的な動きができて、ボール出しのテンポを変えることで、実戦以上の動きのトレーニングになります。
この練習を始めてから、多くの子どもたちの動きが良くなってきたように感じます。
夏に向けてさらに強化していきたいですね。
でも、この練習の問題点は、ボールを出す時に相手の動きを良く見ていないといけないということです。
一日に何百球も球出しをするコーチの側からすると、その集中力を維持するのは簡単ではありません。
流れ作業のように、ただボールを出すのであれば、多少の腕の疲れを我慢すれば良いのですが、この練習は脳が疲れます。
実戦に近い練習をするために、コーチも実戦を強く意識してボールを出さなければならない、ということです。
大変疲れます。
でも、子どもたちの動きが良くなってくると、集中力が増してきます。
自然と声も大きくなって、気合も増してきますね。
そんな練習を続けていこうと思います。
2009年05月01日
良かったこと(1612)

寮を作って、二重生活が始まって2年が経とうとしています。
初めのころ面倒に思っていたこの生活ですが、今は何となくペースをつかんで、楽しみながらやっています。
寮生もそれなりに自立し(?)、うるさく言われなくても行動できるようになってきました。
テニスだけではなく、生活を通して子どもたちの成長を感じられる場所があることは、コーチにとってとても大切なことだと思います。
この生活を続けてきて、「良かった」と思うことがあります。
ひとつは、
「酒が飲めない」
ことです。
SMAPのメンバーが泥酔して逮捕されたことを受けて、そうならないで良いということではありません(笑)。
家に帰ってくつろいで、「ちょっと一杯」がないので、食事をして、風呂に入って、また寮に戻ってくることができます。
もし、お酒が飲めるのであれば、食事の時にそれを我慢するのはきっと大きな苦痛だと思います。
お酒を飲んでの運転は絶対にいけません。
お酒が飲めないので、絶対にそうならないことは良いことですね。
それと、私は、
「一人でいることが好き」
です。
明るい性格で、みんなとわいわいやるのも好きなので、そう思われないかもしれませんが、基本的に一人でじっとしていることが好きです。
休みの時なども出かけないで、一日中本を読んだり、パソコンをいじったりするのを好みます。
寮に帰ってきても、寮生と話をすることはほとんどありません。
時々、みんなでDVDを見たりはしますが、ほんのたまにです。
普段は、あまり話もせず、自分の部屋で本を読んだり、ネットを回遊しています。
それがまったく苦痛ではありません。
話をする相手がいないと寂しい思いをする思うかもしれませんが、人と接する仕事をしているせいか、一人の時間がほっとする時が多いですね。
なので、特別寂しい思いをすることなくこの生活を続けています。
そして、もう一つ良かったことは、
「きれい好き」
だということです。
私は中学生からすべて自分でやる生活をしてきましたので、身の回りの整理整頓の習慣が身についています。
自分の机や仕事場が散らかっていることはありません。
本もきちんと本棚に整理されています。
今、本が本棚に入りきらずにあふれてきているので、本格的な書庫を導入しようと検討中です。
もちろん、掃除はまめにします。
散らかっているのは嫌なので、せっせと片付けます。
だから、子どもたちが散らかすと目いっぱい怒ることができます。
遠征でも自分の荷物の整理ができていない選手には真剣に怒ります。
自己管理ができることは、安全につながるということでもありますが、自分の力を発揮するために必要なことです。
もし、私がだらしなかったり、ずぼらな性格だったら、怒っても子どもたちには伝わらないと思います。
「コーチもそうだから」と切り返されては面目はありません。
コーチという仕事に就いて、「きれい好き」がとても大切な習慣だと強く感じています。
子どもたちにとってはうっとうしい、ぐらいがちょうど良いのかもしれませんね。
今から洗濯しま~す!
2009年04月26日
芸に生きる(1608)

私の母親は日本舞踊の師匠をしています。
今日は御園座での公演で踊ると言うので、娘たちを連れて観に行ってきました。
小さい頃から慣れ親しんでいるはずなのに、日本舞踊の世界は独特な雰囲気があってうまく馴染めません。
でも、そこに生きる人の「凄さ」のようなものを感じて感心することは多いものです。
「芸に生きる」、それは、普通の生活をしていては進むことが難しい、大変強い生き方ではあると思います。
私の母も、家事は一切やらず、ただひたすらに芸に打ち込んでいました。
踊りの本(音楽の譜面のようなものがあります)を確認することを何時間も続けていました。
踊りの勉強のためにと、当時は大変高価だったビデオデッキを購入し、わき目も振らずに見入っていました。
中学生から毎日の外食、自分で洗濯、顔を合わせる時間もほとんどない、そんな生活でした。
そんな生活を寂しいと思ったこともありましたが、母親の芸に賭ける生き様をすごいと感じていたので、そういう生活をなじるような気持にはなりませんでした。
世襲制の強いこの世界で、まったくのアウトローから這い上がってきた人だけに、そのバイタリティは並ではありません。
75を過ぎた今でも、毎日出稽古に出かけます。
多くの弟子も育てています。
そんな生き方に憧れるような気持でいます。
私はテニスのコーチをして、多くの子どもたちを教えてはいますが、師と呼べるほどのものではありません。
「芸に生きる」とは、その感性のすべてをそれに賭ける覚悟を持って進まなければならないものかもしれません。
芸に生きる人の感性には足りていない、そんなことを感じた日でもあります。
いつまでも元気で踊り続けていてほしいと思います。
2009年04月25日
ストレスとうまく付き合う(1607)

今日は雨だったので、トレーニングをたくさんして、ミーティングをしました。
今日のテーマは、「ストレスとうまく付き合うには」ということについて話をしました。
試合では、「どうやってうまくストレスと付き合っていくのか」、ということが勝敗を大きく左右することになります。
試合におけるストレスとは、
・ミスショット
・調子の悪さ(という思い込み)
・ミスジャッジ
・相手の態度
・風などの環境要因
・対戦相手の好き嫌い
・年下との対戦
などが挙げられます。
大変多くのストレスがある中で、それに捉われて自分を見失ってしまわないようにする必要があります。
そのためには、まず「誰でもストレスを感じている」ということを認識することからはじめましょう。
そして、「逃避行動」をしないことです。
逃避行動には、
・うなだれる
・泣く(試合中に泣く選手もいます)
・行動が遅くなる
などがあります。
これは、不快なストレスに対して、それを回避するために無意識のうちにとってしまう行動です。
しかし、戦いから逃げることはできません。
もし、これが格闘技であれば、こうした行動をとった時には既に敗北が決まっています。
戦うことから逃げないで、「相手に向かっていくしかない」と覚悟を決めて戦うことです。
そのために、4つの行動を心がけましょう。
ひとつは、「声を出す」ことです。
声を出すことで、相手に戦う意志を強く見せること、そして自分のテンションを上げることになります。
もちろん、筋肉の力は上がります。
苦しい時ほど、大きなストレスを感じている時ほど、声を出して、強い気持ちでボールを打たなければなりません。
どんな時に声を出すのかというと、
・ショットを打つ時
・エースを決めた時
・構えた時(セルフトークに近いです)
です。
こうした時に、きちんと声を出せる選手は、うまくストレスと付き合うことができます。
ふたつめは、「オーバーリアクションをしない」、ということです。
オーバーリアクションは、相手のストレスを軽減し、余裕を与えてしまいます。
そして、テンポを早くしてみることです。
ストレスに負けてしまっている人は、うなだれて、とぼとぼ歩きます。
チェンジコートの時でも、精気なくコートに入っていきます。
うまく自分の力を出せるはずはないですね。
そういう気持を振り払って、少しだけテンポを上げてみましょう。
人間の感情は行動と深い関係がありますから、テンポを早くすると、暗い気持ちが和らぎます。
そして、ポイントが始まる前に、足を小刻みに動かすなどの「プレモーション」をしてみましょう。
軽やかに、颯爽と、力強く動くことで、戦う気持ちがよみがえってきます。
ストレスを感じることは少ないですね。
それでもうまくいかない時は、「リセット」しましょう。
間を取り、水分を取り、気持ちの切り替えを図ります。
チェンジコートの時は、「リセット」のチャンスです。
トップ選手が、タオルを頭からかぶり、じっと気持ちを切り替えています。
これがうまくストレスと付き合う方法です。
相手にボールを返球する時もチャンスです。
相手サービスであれば丁寧に返球し、自分のサービスであればしっかりとボールを受け取って、その後、少しテンポを上げる、それだけで気持ちは切り替えられます。
試合では、ストレスを失くすことはできません。
すべての選手が大きなストレスと戦っています。
それでも、ちゃんと自分の力を出す人は、うまく付き合うことができる人です。
大きな大会であればあるほど、ストレスは大きくなります。
それとうまく付き合って、思う存分自分の力を出して戦う、それだけを願っています。
いいか!最後は気合だ!
がんばっていこうぜ!
2009年04月24日
書く訓練(1606)

毎日のブログ更新を昨年の1月から始めて、1年と4カ月ほど経ちました。
毎日更新するのは結構大変です。
そんな時は、同期のコーチや海外で頑張ってるコーチのブログなどを見て奮起します。
文章がスラスラ浮かんでくる時もありますが、そうでない時は少し重い気持ちなったりします。
でも、教えてる子どもたちに、
「目標を決めて、続けることが一番大事!」
と言っているので、「そのための指標となるよう」にという気持ちで書いています。
自分の気持ちが揺らがないためには、こうした「書く訓練」は大切だと思っています。
特に寮生にはこうした訓練をしっかりやってほしいと思っています。
寮生は、毎日、練習のレポートを私に送らなければなりません。
ブログの更新も定期的にするように勧めています。
何故、寮生にブログを書かせるのかというと、ひとつは離れて暮らす両親に近況を知らせるということです。
子どもたちはそう感じていないかもしれませんが、離れて暮らすご両親は大変寂しい思いをしています。
きっと子どもたちの様子を気にかけていると思うので、それを知らせてあげるというのは大切なコミュニケーションだと思います。
それと、書くということは「自己表現」のひとつだと考えるからです。
今どきの子は、人とうまく話せないと言われます。
「メールはするけど、話はできない、これは一種の現代病だ」
と言う人もいます。
そう感じることも多いですね。
人とのコミュニケーションがうまくできない理由の一つは、言葉を知らない、うまく使えない、ということが挙げられると思います。
実際に子どもたちの文章を読むと、ん~と首をかしげたくなるようなこともあります。
でも、毎日書くということを訓練してくると、何となく表現がうまくなってくるような気はします。
そして、こうした訓練を続けていくことで、大学入試の小論文にも役立ちます。
私の願いは、子どもたちが大学に入っても、高い意識を持って練習してくれることです。
そのために良い指導者がいる大学を選んで進学のサポートをしています。
大学の推薦入試では、論文の良し悪しは大変大切な評価になります。
そのための訓練だと思ってやっています。
もちろん、私とのコミュニケーションの意味もあります。
一番初めに入寮してきた子のレポートは、600通ぐらいになりました。
それに対する私の返信は、途中ちょっと返信をサボっていた時期があったので、300通弱です。
今は、ほぼ毎回返信をします。
朝起きて、子どもたちを送り出すまでの間に返信をするのが習慣になっています。
正直、面倒くさいと思うこともあります。
子どもたちもそう思っているかもしれません。
でも、「書く訓練」は自分を磨くためにとても大切、そんな気持ちを持ってもらうために続けていきます。
きっと、それが私の宝物になっていきます。
2009年04月21日
ボイスレコーダー(1603)

最近、忘れることが多くなってきました。
ふと思い浮かべたことを忘れてしまって、なかなか思い出せない時は大変悔しい思いをします。
私はそんなことがないようにノートに書き留める習慣があります。
寝ている時に、ふとアイディアが浮かんだ時のために、枕もとにノートを置いて寝ます。
それでも忘れてしまう時があります。
車に乗っている時や、レッスンをしている時にふと思い浮かんだアイディア、これが結構いかしたアイディアだったりします。
でも、すぐに忘れてしまいます。
そのために、新しく買った携帯についている「ボイスレコーダー」の機能を活用します。
これはいいですねえ。
いつでも、どこでも思い浮かんだことを記録できます。
デスクトップに張り付けて、いつでもボタンひとつで録音することができます。
車に乗っている時はもちろん違法になりますので、極力避けるようにしています。
おかげさまで、忘れものは少なくなりました。
でも、聞き直す時に、自分の声に大きな違和感を覚えるので、それに耐えなくてはなりません。
特に私は活舌が悪いので、ちょっと聞きづらく、何度も聞きなおさなければなりません。
でも、アイディアを忘れることの不快感に比べれば、大したことないので、我慢して使っていこうと思います。
声を美声に変換する機能があればいいのに・・・と思います。
2009年04月19日
実戦の強さ(1601)

試合になると力を発揮する人がいます。
性格的に実戦が向いている、というのはありますが、訓練でそうなれることもあります。
練習中にうまくいかなくて集中力を乱していた選手が、練習マッチで素晴らしい集中力を発揮して戦う姿を見ました。
練習では見られないような動き、集中力を見た時、
「本当の力をつけてきたなあ」
と実感できます。
前の日の練習の態度を怒られて、それに奮起したということもあるでしょうが、そうではなく、試合という緊張感、「意識の違い」が力を出させていると感じることができるのです。
もちろん、練習と試合で同じようにできることが望ましいのですが、なかなか難しいことです。
でも、
「練習よりも試合の方が力を出せる」
というのは強くなる人の条件であると思います。
2009年04月17日
強くなる人の条件(1599)

春におこなった合宿では、「強くなる人の条件」について話をしました。
強くなる人は、強くなるために「変わる」ということを信念を持ってやりきることができます。
強さを求める気持ちが強いと言っても良いと思います。
そして、その強い気持ちが、強いボールを打つことにつながっていきます。
打つ時に声を出せない選手がいます。
それは、自分の身体を強く使うことができないからです。
強く打つことができる、それが強くなるために必要なことです。
また、次の攻撃に対する準備ができていない人は強くはなれません。
速く走ることができる、素早く動くことができる、ということは、その意志の強さによって変わります。
フットワークが良いか悪いかは、それによって決まると言っても良いかもしれません。
ドリル練習などを行うと、次の配球が分かっているので、ただ漫然と動く選手がいます。
時々、逆を突いてボールを出してみると、まったく対応できません。
強くなる選手は、次の攻撃に対する意志が高いので、いつでも相手の攻撃に備えます。
単純なドリル練習でも、ゲームイメージがしっかりとあるということです。
練習を常に実践の場に変えるためには、イメージする力が必要です。
子どもたちにそう話をすると、次の練習ではきちんとやれて、質の高い練習ができます。
でも、それが長くは続きません。
大切なことを忘れてしまうからです。
忘れないためには、絶対に強くなるという意志が必要です。
強くなる選手は、それが人一倍高い、ということです。
2009年04月14日
停滞期を乗り越える(1596)

どんなことでもある程度レベルが上がってくると、そこから伸び悩んだり、意欲が低下する時期があります。
これを心理学では「プラトー」と言いますが、それを乗り越えたところに新たな成長があります。
私が本格的に(?)写真を取り始めた頃、コンパクトカメラとは違う写りに感動し、どんな写真を撮ってもうまく写せる気がして、毎日のように撮っていました。
しかし、しばらくすると、構図の取り方や写りがマンネリ化して、どれも同じような写真になっているように感じ、あまり撮らなくなりました。
私の気持ちが停滞していた時、あれほど必死に見ていたカメラ雑誌を見なくなりました。
興味が低下していたからですね。
しかし、ある時、何気なく見たカメラ雑誌の写真が気に入り、こういう写真を撮ってみたいという衝動に駆り立てられました。
その気持ちが萎えないようにと、新しいカメラを買いました。
新しいカメラを買ったことで、その意欲は再び湧き上がり、今はまた写真を撮ることが楽しくなっています。
ただ、初めの頃の楽しさとはちょっと違います。
初めの頃は、プログラムAEに任せて、構図は気にするものの、被写体を撮ることだけを意識していました。
今は、絞り優先AEをメインに、同じような構図において、ボケを変えたり、前景を入れたり、写真をイメージした通りに撮ることを考えています。
もちろん、逆光での撮影やマクロなどにも挑戦し、自分の技術を磨いています。
失敗も多いですが、その中から学ぶことが多く、それを楽しむ感覚があります。
写真を撮るために出かけることも多くなりました。
行動力も高まったということです。
テニスでも同じです。
初めの頃は、ただラリーが続くことが楽しくて、ただボールを打つことが楽しくてがんばります。
その内に、試合に出て勝てるようになり、練習とは違う喜びも感じるようになります。
でも、思うような成果が出なくて、そのことを親やコーチから言われることが苦痛になって、楽しくなくなってきます。
そういう気持で練習をしていても、一向にうまくならないような気がしてやる気が失せてきます。
そういう時は、周りで見ているよりも本当に苦しい思いをしますね。
テニスをやめてしまいたくなることも多いはずです。
それを何かのきっかけで乗り越えると、今までとは違う意識でテニスに取り組むようになります。
そうやって強くなっていきます。
実際にはそういう気持にならないでテニスをやめていく子も多いです。
それは、子どもたちの選択なので、私の仕事はできるだけそうならないようにいろいろなきっかけを与えていくことが仕事になります。
私と同じようにあたらしいラケットを買う、というのもいいかもしれません。
テニスの大きなイベントを見に行くのもいいかもしれません。
人は苦しい時期を乗り越えてこそ強くなる、というのは真実です。
だから、心理学でも「プラトー」を否定するのではなく、強い精神力を身につけるために必要なこととして肯定的に捉えています。
私が教えている子どもたちには、いろいろな経験をして強くなってほしいですね。
昨日、歴史人口学の先生が、「人工の減退期は、次の時代を作る時期」だと言っていました。
苦しい時期、停滞する時期は、次の成長を生む時期であることは間違いなさそうです。
そろそろ新しいラケットでも買いますか。
ついでに新しいレンズも・・・だめかな?
2009年04月13日
寝るのが下手(1595)

私はどうも寝るのが下手です。
なかなかすっきりと起きることができません。
風貌に似合わず(?)繊細なので、ちょっとした物音にも過敏に反応して起きてしまいます。
防犯には役立つかもしれませんが、疲労回復や身体の調整のために大変重要な睡眠が十分にとれないのは困ります。
また、これはいつも不思議に思うのですが、起きなくてはならない時間の10分ぐらい前には目が覚めます。
大抵は目覚ましもセットしてあるので、時間ぎりぎりまで寝ていたいのですが、いつもそうはなりません。
これにはいつも大変悔しい思いをします。
まあ、ひとつだけ良いことといえば、眠りが浅いということなので、毎日夢を見ることができます。
私のカミさんのように眠りの深い人はあまり夢を見ないそうなので、その点に関してはちょっとラッキーかもしれません。
夢は絶対に自分が経験できないようなことや、懐かしい人に会えたりするので、見るのは楽しみだったりしますが、ゆっくりと寝ることができていないのはちょっと問題です。
これから夏に向かって運動量を増やし、ゆっくりと寝ることができるように努力したいと思います。
メタボの防止にもなるし、一挙両得(?)ですね。
2009年04月11日
ガッツポーズの日(1593)

今日は「ガッツポーズの日」、らしいです。
4月11日と何の関係があるのか分かりませんが、「ガッツポーズが大切だ!」、という思いがあって決められた日なのだと思います。
今日から愛知県下ではインターハイ予選が始まります。
私のクラブの子どもたちも何名か参加しています。
高校三年生は、最後のインターハイという意識が強いので、大きなプレッシャーになりますね。
この大会を最後に引退する選手も多いので、気持ちが高まる分、そのプレッシャーは大きくなります。
そんな時、少しでもその緊張を和らげるために、ちょっとだけ考えを変えてみるといいかもしれません。
どんな風に変えるのかというと、「自分は大学に入ってもテニスを続ける」、「これからもずっとテニスを続ける」と強く思うことです。
人間は「これで最後だ!」と思うと大きな緊張に襲われます。
でも、それが「ずっと続いていく」と考えると、そこで思うような成果があげられなくても次に向かう気持を持つことができます。
そういう気持がプレッシャーを少しは和らげてくれます。
私たちの時代は、上に行ってもテニス続けるのが当たり前の感覚がありましたので、別にここで負けてもいいや、くらいの気持ちでいましたね。
緊張がないわけではありませんが、そのプレッシャーに押しつぶされることはなく、いつも前向きに考えていたように思います。
今は時代も変わって、そうも言ってられないのかもしれませんが、ちょっとだけ考えを変えて、少しだけ楽な気持ちなって自分の力を出せるのであれば、それが一番良いと思います。
それと、やはり「ガッツポーズ」が大切です。
プレッシャーが大きいと、ちょっとしたミスで大きく落ち込みます。
その気持ちを振り払い、相手に向かっていく気持ちを高めるために「ガッツポーズ」は大変有効です。
自分なりに「少し大げさだなあ」と思うくらいの「ガッツポーズ」をした方が気持ちは高まってきます。
強くこぶしを握りしめると力が湧いてきます。
このことは科学的にも証明されているので、有効に活用した方がいいですね。
私が願うのは、「自分の力を出し切ること」、それだけです。
「ガッツポーズ」で気持ちを高め、自分の力を出し切って戦ってほしいと思います。
「ガッツポーズの日」、忘れないようにします。
2009年04月07日
髪を切る(1589)

一昨日は、午後からフリーにしたので、寮生たちはそろって髪を切りに行ったそうです。
何だかよく分かりませんが、髪の毛をまっすぐにするパーマをかけて、かなりのお金をかけて整えたようです。
私も、今日から新学期が始まるので、髪を切り、ひげをそりました。
4月5日は、「ヘアーカットの日」らしいので(ナビ君が言っていました)、ちょうど良いかもしれませんね。
もちろん、私は自分で刈りますので、一銭もお金はかかりません・・・。
私は、遠征に出る前とか、新学期が始まる時か、長期の休みが始まる前とかに髪を切ることが多いと思います。
新学期が始まって、何人かの子どもたちが髪を切ってきたようなので、同じ感覚があるのかもしれません。
人間は、何かことを始めようとする時に、新たな気持ちになる、決意を示す、という意味で髪を切るのかもしれません。
昔から、「髪を切る」ことは、魂を失くすことと同じように考え、武士の最高の恥辱は、髪を切り落とすことでした。
部活動で、何か問題を起こすと坊主にする、というのもここからきているのかもしれません。
他にも武将の妻がその覚悟を示す時に髪を切ったり、遺品として髪を持ち帰るシーンなどを時代劇で見たりします。
それほど「髪を切る」ということは、厳粛で、大切な行為だったのだと思います。
現代では、それほどの重みがあるとは思えませんが、それでも「髪を切る」ということに大切な意味を持っていることは確かなようです。
寮生たちは、整えた髪を(髪の少ない私に)自慢げに見せていましたが、あまり変わっているように見えません。
それでも、彼女たちの中では、あたらな気持ちが芽生えたり、決意が高まったりしているのかもしれません。
私は残り少ないので、整えるために多くの時間は必要ありませんが、やはり、何か事を起こす前には、きちんと髪を切って、その意識を高めたいと思います。
全部なくなったらどうすればいいんだろう・・・?
2009年04月06日
強くなるために必要な力(1588)

テニスで強くなるために必要な力はたくさんあります。
その中でも、やはり、「強くなる」ためには「闘争心」と「思考力」がもっとも大切だと考えます。
「闘争心」は相手と闘う気持ちのことですが、闘うために「何をするのか」を理解し、行動することを訓練しなければなりません。
闘いはコートの中だけではありません。
日常の生活の中で闘うための準備ができているものだけが強くなります。
そのような「気構え」や「心がけ」などを含めて「闘争心」といいます。
それを訓練してほしいと思います。
「思考力」とは、
自分の力を最大限に発揮するために「ものの考え方」を少し変える力です。
今よりも強くなるためには「何か」を少し変えなくてはなりません。
変えるのは勇気のいることですが、何の変化を求めない者は強くはなれないのです。
まずは今の現状を認識することからはじめましょう。
何が問題で、どのようなことが障害となっているのかをきちんと把握することが先決です。
それができれば、自分の考えや今までのコーチのアドバイスなどを参考にしながら「試行錯誤」します。
「試行錯誤」とは、
「新しい物事を、いろいろ試して失敗し つつ完成に近づけてゆくこと」と定義されています。
スポーツでは「完成」を見ることは難しいですが、近づけていく努力が強くなるためには何よりも必要です。
そして、失敗を恐れない「ものの考え方」をしっかりと根付かせることです。
多くの選手は「失敗」を恐れます。
しかし、「失敗」は次に変わるチャンスを与えてくれるものだという認識があれば、思い切ってトライできます。
日本のジュニアの試合では、この思い切ったプレーというものができにくくなっています。
それは「失敗」を恐れるからです。
試合で負けることを「失敗」だと強く思いこんでしまうことが一番の問題です。
そうしたことを繰り返してくると、「試行錯誤」ができません。
そんな「ものの考え方」を少し変えることを訓練しなければなりません。
それが「思考力」です。
「変わる」ということは「チャンス」を広げることだということを強く思うようにしてほしいと思います。
2009年04月03日
ほんの少しの違い(1585)

新しく携帯を買い換えました。
携帯は、どれも同じような機能で、ボタンなどの配列もほとんど変わらないので、買い替える必要はないと思うかもしれません。
デザインに飽きた、という理由であれば買い替えも納得できますが、機能に不満となると買い替えの理由としては弱いように思います。
でも、ほんの少しの使い勝手が大きなストレスになります。
携帯を買い換えた理由は、今まで使っていた携帯の使い勝手に対するストレスが大きかったからです。
今回の携帯は、自分の思うような使い勝手に近く、ほしかった機能も付いているので、ストレスは大きく減りました。
ほんのちょっとの違いで、これだけ感じ方が違うということは、それだけ携帯を利用する頻度が高いということなので、それはそれで問題だとは思いますが、とりあえすストレスが小さくなったことは喜ばしいことであると思います。
スポーツの指導でも、こうした些細な感覚の違いというのはとても大切です。
グリップがほんの少し変わっただけでも大きな違和感を感じるので、グリップテープの位置にこだわる人もいます。
プロゴルファーのジャンボ尾崎選手が練習中にしっくりとくるグリップを見つけたので、それを忘れないようにガムテープでぐるぐる巻きにして何日か過ごしたというエピソードを聞いたことがあります。
往年の世界ナンバーワン選手であるイワン・レンドル選手は、何十本、何百本もあるラケットから気に入ったラケットを見つけ出すのに相当の時間を掛けたそうです。
一見すると何も変わりがないように見えて、実は感覚は大きく変わっている、そして、それが大きくパフォーマンスに影響するということです。
私たちコーチの仕事は、その些細な違いを見つけ、それが大きくパフォーマンスを向上するように修正していくことです。
携帯を買い換えるようにはうまくいきませんが、これからも小さな違いを見つけ出し、より良く変わることができるような方法を探していこうと思います。
2009年04月02日
星占い(1584)

昨日の練習は、何だかだるさがあって集中力を欠いていたようにも感じます。
花粉症の薬を飲むとだるくなるそうなので、そのせいかもしれません。
ブルネイ遠征、合宿、小学生大会、東海毎日、ジャパンオープン、中学生大会と続く日程に疲れがたまっているのかもしれません。
そんな時、ホームページに設定しているページの星占いの欄が目に留まりました。
総合運が、
「自覚のないうちに溜まっていた疲れで、体が悲鳴を上げてそう。今日はとことん体を癒してあげて。マッサージ屋さんやリフレクソロジーに行くのがおすすめ。食事は栄養のバランスを意識し、睡眠も十分に取ること。」
だそうです。
星占いでも、疲れだ!といっているので、その通りなのかもしれません。
ちなみに、愛情運は、
「独占欲から、相手に愛情を押し付けてしまわないよう気をつけて。」
昨日のコラムでも書いたように、自分の考えを押し付けてはいけない、ということかもしれません。
金銭運は、
「カードの利用明細は入念にチェック。自分への戒めにもなって吉。」
衝動買いはするな!という啓示かもしれません。
仕事運は、
「困難が降りかかってきたら、深呼吸をして立ち向かう力を蓄えて。」
何事も逃げてはいけない、挑んで乗り越えるものである、という教えです。
こじつけのような感じがするかもしれませんが、今までほとんど目に留めたこともないような星占いの内容に、「何か感じるものがあった」、というのは何かの暗示だと思います。
これに従って、少し休んだ方がいいかもしれませんね。
ちょっと時間をもらって、桜でも撮りに行きたいと思います。
ちなみに、総合運は61点でした。
何か微妙・・・です。
2009年04月01日
教えると下手になる(1583)

ある知り合いのコーチが、
「教えると下手になる気がする」
と言っていました。
実感として、とても良く分かります。
指導することに自信満々のコーチもいます。
でも、私はそうではありません。
テニスの実績も大したことはありません。
指導の成果もそれほどのものではありません。
だから、何とか自信をつけるために、多くの経験を積み、たくさんの知識を身につけ、優れたコーチに話を聞いてきました。
それでもなかなか自信は持てるものではありません。
子どもたちが強くなるためにいろいろと考えます。
考えて、考えて、こうすればいいだろうと、それなりの答えを持って教えます。
でも、それが正しいのかどうか分かりません。
「情熱を持って教えることが一番大切だよ。」
と言われて少しほっとします。
でも、そうではなく、教えていることが子どもたちにとってマイナスになっているのではないのか、と不安になることがあります。
実際にそういうケースもあると思います。
自分の感覚を押しつけているだけなのかもしれません。
子どもたちは、そう思っているわけではないのに、コーチに言われたからやむを得ずそうしているのかもしれません。
よく分かりません。
確かに教えると下手になることはあるかもしれません。
でも、何とかその確率を低くするために、いろいろ考えること、それを忘れないことが大切だと思います。
テニスのコーチを続ける限り、ずっと考え続けます。
教えるとうまくなる子どもが増えるように・・・。
2009年03月31日
22年(1582)

今日で結婚して22年になります。
あっという間のような気もしますが、22年間、たいした喧嘩もせずにやってこれたことを感謝しています。
コーチングの理論に、その理想的な関係を作るために必要な心構えとして、「相互理解」と「相互選択」があります。
「相互理解」は、お互いのやっていることを認めるということですね。
自分の感性と食い違っていたりすると、妙に腹立たしくなったり、感情的になったりします。
そうならないように、「自分とは違うこともある」ということを認める姿勢を持っていないとうまくはいかないということです。
もうひとつの「相互選択」とは、お互いに、いつでも選択することができるようにしておくということです。
もし、自分にとって必要がなかったり、方向性が違っていたり、感覚が合わなかったりした時に、一方的に相手の言い分に任せるのではなく、自分の意見をちゃんと言えるような関係を築くということです。
相手に依存しない関係と言ってもいいと思います。
一見すると、不安定な関係に見えるかもしれませんが、いつでも選択できるという中にあって、それでも相手を選ぶという関係がある時、それが一番強い関係となります。
指導者の側からすると、「自分についてこい!」といって、そのリーダーシップに追従する関係の方が良いと感じることはあるかもしれませんが、より発展的な関係を築くためには「相互選択」の考え方は大切です。
長く結婚生活を続けてきて、カミさんの生き方を尊重し、それを認め、その代わりに自分の生き方も認めてもらうことができている、それが秘訣なのかもしれません。
カミさんが今日の結婚記念日をどう思っているのか分かりませんが、長く続けてきたことが普通で、これからも変わらず続いていく、それを幸せに思う、そんな風に考えてくれるといいなあと思います。
記念日だからといって、花も食事もありませんが、続いてきたことに感謝して、「ありがとう」を言いたいと思います。
2009年03月30日
ジャパンオープン(1581)

今日からジャパンオープンジュニアの予選が始まります。
私はこの大会に出場することを大きな目標の一つにしています。
グレードAに次ぐ、グレード1の大会なので、多くの強い外国選手が出場するというのもありますし、ジュニアの世界での最高ランクの大会に出場できるという経験は何ものにも代えられないという思いがあるからです。
今年の大会は、東海大会と重なったので、どちらに出場するのかを選ぶということになってしまい、地域大会を選択してジャパンオープンのエントリーを断念した選手もいたようです。
地元開催のトップランクの大会だけにとても残念に思います。
幸い私のクラブで、東海大会を断念し、ジャパンオープンにエントリーした選手は予選に出場することができましたので、どちらの大会にも出場できないということは避けることができてほっとしています。
多くの日本人が出場するので、グレード1の大会はそうたいしたことのないように思われるかもしれませんが、プロの世界に例えれば、グランドスラムに次ぐ大会となるので、AIGジャパンオープンクラスの大会ということになります。
砂入り人工芝という特殊なコートであることに加え、飛行機以外で来ることができなくて遠征費が高くなることなどから外国選手からは敬遠されることが多いようです。
それが日本人選手にとっては、参加レベルが下がって、出場できるチャンスが大きくなるのでラッキーと言えるかもしれません。
参加レベルが下がったと言っても、勝つことは容易ではありません。
それでも、何とか海外の大会に出て必死にポイントを取り、このジャパンオープンに参加することを目指す、これがスタンダードだと考えます。
きらめく才能を持った選手でなくても、こうした大会に出場できるチャンスがある、という意識を持ってテニスに取り組むことで、少なくとも持っている才能を最大限に発揮することができるようになると思います。
私はこの大会をそう捉えています。
今日、予選を戦う二人には、持てる力を十分に発揮して、何とか本戦の切符を手にしてほしいと思います。
さあ、今から練習です。
気合で頑張ります!
2009年03月29日
ラッキーショット(1580)

試合では何本かのラッキーショットがあります。
今回の大会のように風が強いと、さらに多くなりますね。
ラッキーショットは偶然といえば偶然で、どちらの選手にも平等に現れるはずです。
しかし、実際の試合を見ていると、勢いのある選手、より攻撃的な姿勢の選手に多くのラッキーショットが現れるような気がします。
ラッキーショットの現れる確率が本当のところはどうなのかは分かりませんが、ひとつのショットが流れを変える確率は、勢いのある選手の方に多くなることは間違いないと思います。
実に不思議なんですが、ゲームポイントで苦し紛れに打ったショットがネットインしたり、風で押し戻されてラインインしたり、そんな場面が多く見られます。
でも、それはそのボールを打つ時に魂を込めたかどうかで決まると思います。
以前、植田前フェド杯監督が「ナダルの打つボールには魂と書いてある」と評したことを紹介しましたが、その1点でラッキーショットが多く生まれるかどうか決まる、そんな気がします。
この大会も全日程を終え、明後日からは中学生大会、そして夏に向けての戦いが始まります。
その戦いで、多くのラッキーショットを生みだすことができるように、魂を込めてボールを打ってほしいと思います。
2009年03月27日
感性を言葉にする(1578)

東海大会は初日を迎えました。
多くの子どもたちが参加しているので、一日試合を見続けて、さすがにちょっと疲れました。
自分の力を出し切れなかったり、悔しい負けを喫したり、それなりに十分戦えたりと、それぞれの戦いを終えました。
今日は14歳以下と12歳以下の大会でしたが、この年齢ではやはり将来性を高く評価します。
試合の結果は大切ですが、これからどう伸びていくのかをはっきりとイメージできるプレーをすることが何よりも大切だと思います。
短期勝負で結果が決まるので、なかなか思い切ったショットを打ち切ることはできませんが、そうしたプレッシャーにあっても、自分のプレーを敢然とやりきる姿勢を評価したいと思います。
もちろん、自分のプレーがどういうものなのかをはっきりと自覚することは難しいので、それを忍耐強く教えていくことがコーチの仕事となります。
その思いが強いと言葉は厳しくなりますが、理解し、強い自覚を持って練習をしてほしいと思います。
また、こうした地域大会となると、昔教えたことのある選手や活躍した選手がコーチとして来場し、再会できることが楽しみのひとつでもあります。
今日も昔の教え子が指導する選手を連れて会場に現われました。
華麗なネットプレーで全国大会でも活躍した選手です。
彼と子どもたちの試合を見ながら話をしました。
私が、
「お前のネットプレーを子どもたちに教えてやってくれよ。」
とお願いすると、
「僕は感性でやっていたので、それを伝えることは難しいですね。」
と言います。
確かに、感覚や感性というものを、言葉にして伝えることは難しいことです。
私は感性がないので、それを理論的に説明できないものかと考え、何とか教えています。
こうした素晴らしいセンスを持った選手が、伝えるべき言葉を持てば、きっと素晴らしい指導者になると思います。
彼らの子どもたちを見つめる目を見ると、その可能性を高く感じます。
私も負けてはいられませんね。
無いものねだりはできないので、自分なりのアプローチで真剣に教えていこうと思います。
明日も一日試合を見続けます。
子どもたちの可能性を感じることができればいいなあと思います。
2009年03月25日
純粋な戦い(1576)

昨日まで愛知県の小学生大会が行われました。
男子シングルスでは、大貴が優勝、勇太が準優勝と素晴らしい成果を上げてくれました。
東海大会でも勝ち進んで、全国大会の切符を手にしてほしいですね。
この大会の全国大会は、7月の終わりに東京で開催されます。
とても雰囲気のあるクレーコートで行われる大会は、私が最も好きな大会です。
また、年齢の区別ではない、小学生というくくりで開催されるので、全国の小学生のナンバーワンを決めるという純粋性を感じます。
しかし、その県予選は、6ゲーム先取で行われます。
ちょっと前まではノーアドバンテージでした。
そういう方式で大会が運営されることに対しては、やはり違和感を感じます。
特に今大会は学校がある時に開催されたので、出席を優先して大会の出場を見送った選手も何人かいます。
小学生でテニスを始めて、この大会がデビュー戦であったり、小学生最後の戦いであったりするので、そこにすんなり参加できないのはちょっと残念に思います。
もちろん、運営をされている方は大変熱心に運営されています。
子どもたちのことを一生懸命に考えてサポートされているのでいつも感心させられます。
でも、私だったら、もう少し日程をうまく調整して、せめて1セットマッチで、できれば8ゲームで、そして、決勝は3セットか2セットマッチでと考えてしまいます。
他の県はどうなんでしょうか?
参加する人数が多いので、日程の調整もコートの確保も難しいことは分かります。
そう理解したとしても、もっと良い方法はないものかと考えます。
私が思うのは、純粋にその力を発揮できる場にしていきたいということです。
なかなかテニスに賭けるというのは難しいですが、だからこそ、素晴らしい戦いになるようにより良い方法を考えていかなくてはならないと思います。
子どもたちの純粋性を高めていく、そんな大会になればいいなあと思います。
2009年03月21日
こことは違う(1572)

武田鉄也のラジオ番組で、
「教育とは、こことは違うことがある、ということを教えること」
と言った、昔の教育者の言葉を紹介していました。
そして、その本質は今も昔も変わりはしない、と説いていました。
私もそう思います。
いろいろなことを勉強することは、直接生活に関係なければ無駄に思えるかもしれません。
実際、私もそう思っていました。
しかし、人に何かを教えるようになって、いろいろなところに行く機会が増えると、その度毎に新鮮な感動とともに、自分の考えが変わっていくことがあります。
今までの自分とは違う何かを求める意識も深くなります。
今まで無駄に思えて無視してきたようなことでも、何か自分を変えてくれるきっかけはないものかと、再び探してみたりします。
私が海外遠征を進めるのはそういう意味もあります。
自分とは違う文化、歴史、環境に触れることで、そのことをもっと知ってみたいと思ったり、今までの考えや感覚を変えることができます。
自分の知らない世界を知ることは、不安もありますが、はっきりと違う世界があることを知ることで、自分の存在も確認できたりします。
テニスの世界は広いです。
自分の世界だけではない、違い世界があることを知り、それをもっと深めていこうとする意志を持ってほしいと思っています。
そういう意味で、アカデミーは教育活動でもあると考えています。
テニスを通して、大きく人間として成長していく、そんなアカデミーを作っていきたいと思います。
2009年03月19日
カメラ発明記念日(1570)

私の車のカーナビは、その日最初にスイッチが入ると、その日の記念日が何なのかを教えてくれる機能があります。
時には、納豆記念日などのちょっと変わった記念日もあって笑えます。
今日は、「カメラ発明記念日」です。
今日の午前中に、小学校の卒業式で学校のない下の子を連れて、植物園に花の写真を撮りに行きました。
カメラ発明記念日に、何かの縁かもしれませんね。
昔の人は、大変苦労して写真を撮ったそうです。
そうまでして、後世に自分の姿を残したかったのかもしれませんね。
初めにカメラを手に入れた人は、その使い方が分からず、何年もの試行錯誤の上、やっとも思いで写真を撮ったという記事を読んだことがあります。
今は、簡単に写真が撮れますが、それでもそういう「思い」を持って撮っていきたいと思います。
今日は、先日購入したクローズアップレンズをつけてのマクロ撮影の勉強です。
ただ単に花を撮るだけであればそれほど難しいことではありませんが、近寄って花の一番きれいなところや特徴的な姿をマクロでとらえるのはなかなか大変です。
まず大切なのは、どういう角度で撮るのかということと、その構図です。
だから、いろいろと歩き回って、花を様々な角度から見てみます。
幸い、娘は写真を撮ること夢中になっているので、時間をかけても文句を言いません。
「うん、うん、これはラッキーなことだ」
本当にそう思います。
そして、何かぐっと感じる花を撮っていくのですが、マクロ撮影は、ピント合わせが非常にシビアで、何度撮ってもうまくピントが合いません。
これは、専門用語では「被写界深度」と言って、ピントが合う範囲が狭いからなんですね。
それでも、ちょっと苦しい老眼を駆使して、マニュアルでピント合わせに挑戦します。
しかし、いくらピントが合っても、手ぶれ補正もない、被写界深度の浅いレンズではどうしても手ぶれが起きてしまいます。
まあ、多少の手ぶれは味わいもあって、それなりに絵になったりしますが、やはりきちんとピントの合う写真が撮りたいものです。
私と同じNIKONのカメラを持って撮影していたおじさんにも聞いてみましたが、
「きれいな花が撮れればそれでいいんじゃよ」
と仙人みたいに応答されました。
そういう楽しみ方が自然かなと思いますが、やはり技術は高めていきたいと強く思います。
今、三脚のカタログとにらめっこです。
衝動買いにならないように(?)、しっかりと情報を集めてみたいと思います。
んっ?これが衝動買い?・・・そうかもです。
2009年03月18日
二千四百球(1569)

昨日は名古屋国際高校が補習期間のためお休みでした。
寮生はテストを頑張った(?)ので、幸い補習もなく一日練習でした。
テスト明けからすぐにブルネイの遠征で、大きく環境の違うところでの練習と試合だったので、少し動きに精彩を欠いているように感じました。
こういう時は、いろいろな方法があると思いますが、やはりしっかりと身体を動かして、筋肉を目覚めさせるようなトレーニングが必要です。
こういうトレーニングを「アジャスメント(対応)・トレーニング」と私は呼んでいます。
比較的簡単な動きをしっかりとやりきるようなトレーニングを時間をかけて行うことで、筋肉に軽い疲労と張りのようなものを作り出します。
試合に向けての調整の時期なんかに良く行うトレーニングです。
このトレーニングを午前中の1時間30分ほどかけてみっちりと行いました。
なかなかこうしてしっかりとトレーニングを指導する機会もないので、子どもたちにとっては厳しいですが、良い時間だったと思います。
もちろん、これだけでは終わりません。
そこから、さらに1時間30分ほどのドリル練習を行います。
目覚めかけた身体に、さらに繰り返しの負荷を与えることで自分の感覚は蘇ってきます。
複雑なドリルではあまり効果はありませんが、簡単なドリルを時間をかけて行うことで、実際の打球動作に身体が順応していきます。
そのためのドリル練習は、もちろんボールを打つ方は大変ですが、球出しをする方もたくさん打つので結構疲れます。
昨日は、午前1時間30分、午後2時間のドリル練習で、合計2400球ほど球出しをしました。
実際はもうちょっとあったかもしれません。
これだけの球を出すと、さすがに腕は張って、ちょっと肘が痛いです。
子どもたちは、
「コーチは動いてないから楽チンじゃん!」
と言いますが、
「じゃあ、やってみろ!」
と言いたいですね。
ただひたすら球出しをすることがどれくらい大変か身をもって体験してみるといいと思います。
疲れます、それでもだんだんと動きが良くなってくるのを見ると、もっとやってあげなくては、という気持になってきます。
でも、無理は禁物!
適度な状態を探りながら昨日の練習は終わりました。
最後は腹筋と背筋のトレーニングで締めくくりましたが、何人かの選手は足がつって泣いていました。
まあ、これくらい身体をいじめてあげれば、感覚の回復は早いですね。
しっかりとストレッチをするように指示をしておきました。
本当は、ストレッチが一番必要なのは私ですね。
いたわりながら頑張りたいと思います。
2009年03月16日
適応力(1567)

さすがに赤道直下の国から、初春の日本に帰ってくると寒さが身にしみます。
日焼けした顔が何となく不自然ですが、その内慣れてきます。
気温差20度以上にもかかわらず、ちゃんと適応して体調も崩してないところを見ると、ちゃんと適応していることに感心します(偉いぞ!→自分)。
海外の試合に参加すると、海外に居住している日本人選手やコーチとも会うことがあります。
今回の遠征ではシンガポール在住のコーチが参加していました。
シンガポールはブルネイよりも時には暑く、レッスンもその暑さが何よりも大変だと言っていました。
しかし、長い期間住んでいると、特別ケアをしなくても日焼けに強くなったり、暑さに順応するそうです。
もちろん、多少の日焼けはしますが、私のように真っ赤になってひいひい言うようなことはなさそうです。
ここでもちゃんと適応できているんですね。
適応力、これはすぐに慣れるという力です。
暑さや気候の違いなどもそうですが、コートサーフェイスやボール、海外で戦うためには随分と違う環境で試合をしなくてはなりません。
その違いに慣れる力というのは、どんな時も自分の力を発揮できる力と言い換えてもいいのかもしれません。
日本の選手は、いつも同じような環境で戦うことが多いので、この適応力は決して高くはありません。
もちろん、その力を高いレベルで持っている選手はいます。
そのシンガポールのコーチとも話をしましたが、選手として大きく飛躍する選手は、「ちょっと鈍感」な方がいいかもしれないということです。
環境が違い、食事が違い、いろいろなことがストレスとなる状況においても、何てことのない顔で平然とすり抜けていくちょっとした鈍さは、適応力が高いということです。
そういう意味で、日本の子どもたちはセンシティブな子が多いような気がします。
また、テニスはワールドワイドなスポーツで、海外を転戦するのが当たり前のスポーツです。
多くの外国人選手は、それをごく普通の感覚として持っています。
日本の子どもたちは、そこで少し気持ちを高めすぎてしまったり、引いてしまったり、意識しすぎてうまくいかないことが多いように感じます。
センシティブであることが良いとか悪いとかいうのではありませんが、テニスにおいては、高い適応力が必要で、そのためには過度にセンシティブでない方が好ましいように思います。
どんな状況でも、堂々と戦い抜く、そんな選手に成長してほしいと思います。
2009年03月14日
流れをつかむ(1565)

ブルネイ遠征6日目
ダブルスの2回戦を戦った綾と晃子でしたが、肝心なところで強気なプレーができずに惜しい敗戦となりました。
いつもよりは積極的なプレーはできていたと思いますが、まだ「足りない」ということです。
ポイントを失う事に対する「恐れ」を振り切れていないようなプレーに見えます。
相手もそう感じるはずです。
そうなると互角の技量であってもギリギリの勝負では圧倒的に不利になります。
これから大きなプレッシャーのかかる試合が多くなりますが、「それ」を振り切った時、はじめて大きな可能性が開けてくると思います。
コンソレの2回戦を戦った翼は、1回戦と同じような展開でしたが、要所で弱気なプレーが目立ち、惜敗しました。
攻撃力を磨く、これは成長のためにもっとも大切なポイントです。
高い意識を持って臨んでほしいと思います。
同じくコンソレの2回戦を戦った隆雅は、相手の攻撃をうまく凌いで、チャンスを作る場面はたくさんありましたが、そのポイントを攻めきれず、4-8で敗れました。
良いフットワークを持って、相手の攻撃を粘り強く返球することはできるので、そこからテンポの速い攻撃が展開できるようにしていかなくてはなりません。
ショット威力を磨くことを課題として練習に取り組んでほしいと思います。
試合には流れがあります。
流れはたった一本のショットから生まれますが、それを引き出すためには、そこに至るまでにどういう意識を持っていたのかが大切です。
苦しいラリー戦の中で生まれたチャンス、それを思い切って打ちこんでエースを決め、流れを引き寄せる、そういうことはあります。
反対に、そのチャンスを生かせず、そこから一気に崩れることもあります。
その差は何なのでしょうか。
それは、「積み重ねのエネルギー」です。
たったひとつのチャンスボールに過ぎませんが、それを渾身の思いを込めて打ち続ける、失敗しても、後悔しても、その時は流れを失っても、果敢に挑む姿勢、「そこ」からしかチャンスをものにすることはできないと思うのです。
「プラトー」という言葉があります。
練習してもなかなか上達せず、成績が伸び悩んでいる時期のことを言いますが、この時期に、高い意識を持って、めげずにやり続けることで「ブレークスルー」が起こります。
そういうエネルギーを蓄える時期だということができます。
ひとつのチャンスをものにして流れを作れるかどうかも、これと同じです。
うまくいかなくても、積み重ねっていく意識が大きなエネルギーとなって、「ここ」というポイントで素晴らしいエースを奪うことができたり、ラッキーショットが生まれたりします。
こういう力を持っている人間が、より大きな流れをつかんでいきます。
本当の強さを身につけていきます。
多くの選手を見続けてきて、強くなっていく選手はこのエネルギーが大きいということを感じますね。
今は小さなエネルギーしかなくても、積み重ねによってエネルギーは大きくなっていきます。
エネルギーが小さいとすぐに崩れそうになりますが、その時に選手を支えていくこと、これがコーチのもっとも大切な仕事になります。
明日でこの遠征も終わり、日本に帰国します。
成果があったのかどうかは分かりません。
それは、この遠征に参加した子どもたちが、これからの練習でどれだけのエネルギーを積み重ねていって成長するかどうかにかかっているからです。
遠征は大変疲れます。
しかし、大きなエネルギーを使う分だけ、エネルギーが無くなってしまうのではなく、それがやる気や向上心などの大きなエネルギーを生み出すための布石になります。
今回の遠征が大いなる布石になることを願っています。
2009年03月13日
集中するとうまくいかない(1564)

ブルネイ遠征5日目
女子ダブルスの1回戦を戦った綾と晃子の組は、序盤こそリズムに乗れずにミスを繰り返してリードを許しましたが、徐々にペースを取り戻してストロークで押し気味にゲームを進め、6-3、6-2でマレーシアとフィンランドの組を退け、明日の2回戦に進みました。
まだ思い切ったショットが少なく、ストロークからの展開しか作れませんが、リスクを恐れない思い切ったプレーを課題にしてほしいと思います。
同じくダブルスの1回戦を戦ったゆり子と南奈は、相手の速いボールに対応できず、リカバリーショットをことごとく叩かれてリードを許し、簡単にファーストセットを奪われました。
セカンドセットに入って、徐々に対応できるようになり、互角のストローク戦からポイントを奪って食い下がりますが、最後は振り切られて敗退しました。
もっと強い気持ちで戦えば自分たちの良いところが出せるのに、それを出し切れていないと感じることを残念に思います。
技術の差を強い精神力でカバーするぐらいのものを出せるようにしなければこの世界では戦えません。
そのことを強く自覚しながら練習してほしいと思います。
コンソレの1回戦を戦った翼は、粘り強くラリーをつなげ、相手に後半食い下がられましたが、何とか振り切って今大会の初勝利を挙げました。
まだ攻撃をする意識が低く、単純なラリー戦に終始することが多いので、ネットプレーに積極的に出るなど、攻撃の幅を広げることを意識してほしいと思います。
夕方から雨になり、本日行われる予定だったコンソレとダブルスの2回戦は明日に順延になりました。
試合になるとどんな選手もある程度の緊張感があり、その事によって集中力は高まります。
それは、自分の能力を引き出すためにとても大切なことですが、そのことによってうまくプレーできなくなってしまうことがあります。
それは、練習で「それ」を作り出すことができないからです。
「練習では出来るのに」という選手がいます。
練習ではリラックスして、うまくパフォーマンスできていると錯覚しています。
そういう選手が試合になって、
「このポイントを取らなければ」、
「ここに打たなければ」、
と強く思って、心身ともに緊張感が大きくなると、今までの練習との間の違和感が大きくて、うまくコントロールできなくなってしまいます。
集中はしています。
しかし、集中するということに「身体」が慣れていないのです。
自分の集中力と身体の動きのアジャスメント(対応)によって、
