2008年01月27日
強くなるために練習する(1104)
今日のミーティングで「練習は何のためにするのか?」ということについて話をしました。
練習やトレーニングは「何のため」にするのかといえば、自分を磨くためにするという場合もあるかもしれませんが、基本的には試合で勝つため、強くなるためです。
もちろん、「自分」のためです。
しかし、今日の朝の練習では、そのような意識がまったく見られませんでした。
課題練習なので、自分の課題は当たり前のように理解していなくてはなりませんが、その理解が中途半端で、「ただボールを打つ」練習になっています。
ボール出しをする選手も、いい加減な気持ちでボールを出すので、正確に送球できず、集中力も高まりません。
もし、自分の課題を何としてでも克服したいのであれば、ボールを正確に出すように要求したり、自分の練習したいボールを指示したいるするはずですが、そのような様子はまったくありません。
これで強くなれるほど甘くはありません。
それに加えて、ボールをコントロールする技術があまりに低いことにがっかりしました。
あまりにできないので、ターゲットを決めてそこを狙いように指示し、それを繰り返して練習するうちに、だんだんとコントールが良くなってきます。
つまりは、日常的にそういう意識で練習をやっていなかったということです。
技術を磨く、特にコントロールを磨くためには、どのようなボールを出すにしても、ターゲットを決めて、そこに寸分の狂いもなく狙うことができるように訓練しなくてはなりません。
それができなくて、相手の打球を正確にリターンできるはずはありません。
それにすら気付かずに練習をしていたことを大いに反省すべきだと思います。
もちろん、それは私の指導不足であることも認めています。
だから、時間をとってミーティングをしました。
試合で負けると多くの子供たちは泣きます。
なぜ泣くとかといえば、負けて悔しいからであり、それは「負けることが怖い」、という「恐怖心」と戦ったからです。
そう、試合と練習で最も違うことは、恐怖する瞬間があるかどうかなのです。
試合でも、自分よりもはるかに強い相手や弱い相手と戦っても恐怖する瞬間はこないので、泣くような気持ちになることはありません。
勝てる、勝ちたい、という気持ちで戦うとき、こころには負けたくないという「恐怖心」も生まれてくる、だからこそぎりぎりの勝負で負けたとき、時には勝ったときでさえ涙があふれてくるのです。
このような感情は試合でしか「味わう」ことができません。
そのための練習では何をすればよいのか。
「試合と同じ気持ちになって練習しろ!」と言ってみても、それがとても難しいことはわかっています。
しかし、その練習をどれくらい試合と同じ意識に近づけることができるかで「練習の質」は大きく変わってきます。
試合でも恐怖を味わうことができないときは、プレーが雑になる場合が多いものです。
もちろん恐怖がないのでのびのび打てるということはあるでしょうが、コースを狙って打つ、ミスしないように細心の注意を払う、丁寧にしつこくボールを拾う、という感覚が薄くなって雑にプレーすることのほうが多くなります。
そう、つまりは雑なプレーをしないように心がけなければ「勝つための練習」にはなりえないのです。
一生懸命に練習していることは感心するばかりですが、その「練習の質」をどれくらい上げることができるのかが強くなるためにはもっとも大切なことです。
ミーティングの後の練習で、私に積極的にアドバイスを求める選手が何人かいました。
こうした姿勢が自分を変えていきます。
そして、ミスすることを恐れ、ボールを追うことをあきらめる自分を責める、そんな気持ちで練習していれば、きっと強くなります。
それを信じて頑張ってほしいと思います。
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別の記事へのレスですが、ご勘弁を。
先日はたくさんごちそうさまでした。
こんな太っ腹のコーチに教えてもらっている生徒たちは、
さぞかしこれまでそしてこれからもいろんなものをおごってもらえるんでしょうね。
(生徒の皆さんお楽しみに!)
あいかわらず大島コーチの高校ネタには登場してくる私ですが、
やはりそれだけあの頃が充実した日々であり、素敵な仲間たちだったということなんでしょう。
あれからもいろんな充実した日々もあったので、当時に戻りたいとは思いませんが、
一度戻ってみたいとはよく思います。
今はテニスからはすっかり離れた生活をしていますが、
今でも生活の根幹にあるのは高校時代のテニス部だと思います。
コーチが書いているように今から考えると理不尽でつらいことがたくさんありましたが、
それを補って余りある素敵な出会いもあり、思い出があります。
今回コーチと話した時にこんなことを言われました。
「お前たちが部活を辞めなかったから、自分もいくら嫌でも辞めるわけにはいかなかった。」
テニスでは到底足元にも及ばなかった僕ですが、そういう面ではライバルになれてたのかな、
とうぬぼれさせてもらった一言でした。
こんな風に、お互いに切磋琢磨できる友人を作るということがとても大切だと思います。
それにしても、やっぱりコーチと同じように1年には戻りたくはないですね。
今、中学生と高校生の寮生を預かっているのでその責任をとても大きく感じますね。
だからこそやりがいがあるとも言えます。
そして、その生活が豊かな人生を創っていくきっかけになれば良いと思います。
素晴らしい出会いと経験があるように願っています。
私たちのようにね。