2009年04月09日
コーチングが成り立つ関係(1591)
コーチング論(3)
新学期が始まって、今年は2つのクラスで「コーチング論」を受け持つことになりました。
2つのクラスを併せて、169名の受講希望者がいます。
今は履修期間なので、最終的に何名になるのかわかりませんが、あまりたくさんの受講者がいると、コミュニケーションをとることが難しいので、適度な人数になることを願っています。
私の授業では、毎回レポートがあったり、自筆のノートの提出があったり、遅刻を認めないなど、ちょっと制限や約束事が多いので、学生さんには少し窮屈な感じがあるかもしれませんね。
別に学生さんをいじめようと思っているわけではなく、授業を通じて「コーチング」の関係を築くために必要だからです。
「コーチング」が成り立つためには、「相互理解」と「相互選択」という考え方が必要になります。
ちょっと前のコラムにも書きましたが、それに少し付け加えて整理しておきます。
「相互理解」は、お互いのやっていることを認めるということです。
自分の感性と食い違っていたりすると、妙に腹立たしくなったり、感情的になったりします。
そうならないように、「自分とは違うこともある」ということを認める姿勢を持っていないとうまくはいかないということです。
そして、課題を解決するために、「共に」考えを同じくしている必要があります。
これを「指向性」と言いますが、それが食い違っているとお互いを理解することは難しく、コーチングは成り立ちません。
同じように「教える」ということに関して、「ティーチング」という言葉あります。
これは、知識を伝えるということに重きが置かれ、多くの知識や経験を持つ教師が、どちらかというと一方的に伝達することになります。
それでも、教える側と、学ぶ側に、同じ「指向性」があれば、そこに「コーチング」の関係が成り立ちます。
でも、ただ単に単位がほしいというだけで出席し、聞く気もないのにただ座っている、ということでは、その関係は成り立ちません。
もうひとつの「相互選択」とは、お互いに、いつでも選択することができるようにしておくということです。
もし、自分にとって必要がなかったり、方向性が違っていたり、感覚が合わなかったりした時に、一方的に相手の言い分に任せるのではなく、自分の意見をちゃんと言えるような関係を築くということです。
相手に依存しない関係と言ってもいいと思います。
一見すると、不安定な関係に見えるかもしれませんが、いつでも選択できるという中にあって、それでも相手を選ぶという関係がある時、それが一番強い関係となります。
指導者の側からすると、「自分についてこい!」といって、そのリーダーシップに追従する関係の方が良いと感じることはあるかもしれませんが、より発展的な関係を築くためには「相互選択」の考え方は大切です。
実際の授業では、学生さんに選択する権利があります。
もし、気に入らなかったら講義を選択しなければ良いということになります。
私にはそうした権利は認められないので、その代りに、講義に参加するための条件をいくつか設けて、それを納得してもらうことで、できるだけ「指向性」を一致させる必要があるわけです。
私は、この講義を通して「コーチング」を学んでほしいと思っています。
そのためには、人と人との関係をきちんと理解しなければなりません。
そんな講義になれば良いと思っています。
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